ふるさとの話  その9

一月の行事  七草祝い

いなかの小さな村でも、華やかな行事も幾つかあった。

その一つが七草のお祝いで、一月七日の日に、子供の健康と成長を願って 

お祝いするものらしい。

     

自分の時も嬉しかったが、他の年の七草祝いもいつも楽しみだった。

 

親戚の誰かが七歳になり、七草がゆを貰いに来る時は

玄関先で子供心にワクワクしながら待っていた。

 

残念ながら、男の子の七草は余り記憶していない。

が、女の子の場合はその可愛くて華やかな着物姿を見るのが楽しみで

いつもニコニコ、追っかけをしていた。髪飾りのピンク色のおりぼんや

背中のお太鼓さんの帯など、たしかどちらかに小さな鈴が付いていて

動く度にチリチリチリと音が鳴る。それも可愛いらしかった。

だがその頃は、高価な着物を買える家は、あまり無かったと思う。

着物が無ければ、ちょっと普段着ではない一張羅を着るまでの事。

そんなことで誰も悩まなかったと思う。子どもは元気ならばそれでいい。

そんな時代だったかな。

 

七草祝いは伝統行事で、ふつうは親戚の家を七軒まわり、七草がゆを頂いて

お祝いして貰うのだが、親戚が少なければ、他の親しいお宅に前もって

お願いしておいて、当日に七軒分の七草がゆを頂いて回るのだ。

七草の日、村ではほとんどの家が七草がゆを作って、食べていたと記憶する。

 

今でも鹿児島では、七草が近付くとほとんどの地域で、スーパーの野菜コーナーに

七草の野菜セットが並ぶ。全国同じかな?

 

さてさて、私の七草祝いを思いだして見よう。

残念ながら、憧れの美しいきものは買って貰えなかったが、

すぐ近所の 伯父さんの娘(私からすれば従姉になる)が、数年前の七草で

可愛い着物を揃えて持っていた。それを貸して貰えたので

とても嬉しくて 当日は憧れのかわいい髪飾りときれいな着物姿で、主役になり切り

しゃなりしゃなりと、七草がゆを頂いて回ったのである。

 

お重箱を持った家族が誰かひとり付き添って行き、お祝いの挨拶を受け

それに対してお礼の言葉を述べる。そうしたはずだが、その辺の記憶は

すっかり抜け落ちている。

綺麗で可愛い着物の事だけは、完全ではないが記憶に残っている。

 

親戚の女の子で、誰かが一人持っていれば、順番に貸したり借りたり、そうやって

賢く、合理的に暮らしていたのだと思う。

 

余談だが、七草がゆってとても美味しいと思う。

七軒あれば七軒分の味がある。調味料や具材の量で微妙に変わると思うが、

どの家のもとても美味しい。

因みに、七草がゆに入れる野菜は春の七草で次の通り、

せり、なずな(ぺんぺん草))、ごぎょう(母子草)、はこべら(はこべ)、

ほとけのざ、すずな(かぶ)、すずしろ(大根)  と言われるけれど、

全部揃えられない時もあるので人参を入れてみたりと、そこは臨機応変に。

 

健康にも良いし、毎日でも食べたいがさすがに飽きるかな。

 

 

 

白い小花の寄せ植え  フリージアの香りが大好きです